2016年11月30日水曜日

大阪市パノラマ地図検定解説編(4-1)

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から出題した、大阪市パノラマ地図検定の解説編です。

(第4回 第1問)
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代の天保年間には何があったでしょうか?
D 昭和30年には何があったでしょうか?
E 昭和40年には何があったでしょうか?

※江戸時代の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内を活用してください。



解答と解説
A 千日前楽天地
B エスカールなんばビックカメラ
C 千日前墓地
D 大阪歌舞伎座 E 千日デパートビル

 楽天地(らくてんち)は、1914年(大正3年)から1930年(昭和5年)まで大阪市南区難波新地四番町(現・中央区千日前)にあった劇場・演芸場・レジャーの殿堂。大正時代の大阪を代表するハイカラな名所でした。

 1912年(明治45年)1月16日、「ミナミの大火」によって難波新地から西高津新地、生国魂神社あたりまでが焼失しました。ミナミの壊滅的な被害で繁華街の灯が消えることを危惧した南海鉄道の社長は、近代的なレジャーセンターを作って復興したいと考え大阪の興行界の実力者・山川吉太郎に声をかけました。彼は当時、活動写真館や演芸場を経営し役者をアイドルとして売り出す才能の持ち主でした。南海の出資で彼はすべての娯楽を詰め込んだレジャーセンターを構想します。

 焼け跡整理にあたり、現在の千日前通にあたる東西の通りが拡幅され電車通りとなります。同時に、電車通りにできた新しい千日前交差点の南西隅に、山川吉太郎は1914年(大正3年)5月に一大娯楽センター「楽天地」を建設、一躍市内のハイカラな名所となりました。

 地上3階建てで多くの尖塔を持ち、中央には円形ドームを載せ、夜はイルミネーションで彩られていました。館内は大劇場と二つの小劇場で芝居・演劇・映画を公演。大劇場では主に外国の映画を上映、小劇場「朝陽殿」は男性向けの漫才などの演芸場、小劇場「月宮殿」は琵琶少女歌劇で、悲恋物など若い女性向けの泣ける芝居を上映していました。この中の少女スターが後の名優田中絹代です。地下にはメリーゴーランド、ローラースケート場、水族館などもありました。屋上ドームを回る螺旋階段を登るとドーム上に大阪市内を見渡す展望台があり人気を集めました。

 楽天地も御堂筋沿いのデパートなどさらに新しい名所に押され、また山川吉太郎の映画制作で多額の借金を抱えたことで営業が立ち行かなくなってきました。帝国キネマが1930年(昭和5年)に撮影所を焼失したのと時を同じくして、同年、楽天地もついに閉鎖しました。

 その跡地には1932年(昭和7年)には松竹経営で7階建て、3000名弱収容の南欧風近代建築「大阪歌舞伎座」(御堂筋にある大阪新歌舞伎座(2009年6月30日閉鎖)の前身)が誕生しました。

 1958年(昭和33年)、新歌舞伎座竣工後は、旧歌舞伎座ビルは千日デパートとなりましたが、1972年(昭和47年)の千日デパート火災で多数の死者を出します。その後長らくビルは放置され、1983年(昭和58年)ようやく取り壊されダイエー系のデパート「プランタンなんば」に建て替わり、「カテプリなんば」と改称したのを経て、現在はビックカメラなんば店(エスカールなんば)となっています。以上、ウィキペディアより引用しました。

浪華名所獨案内の千日前付近
天保新改攝州大阪全圖(天保8(1837)年発行)の千日前付近
明治42年、昭和7年、昭和29年、最近の地形図の千日前付近(今昔マップ3より)


第1回大阪市パノラマ地図検定解説編はこちらからどうぞ。
http://osakakochizu.blogspot.jp/2016/09/blog-post_8.html

第2回大阪市パノラマ地図検定解説編はこちらからどうぞ。
http://osakakochizu.blogspot.jp/2016/10/blog-post_5.html

第3回大阪市パノラマ地図検定解説編はこちらからどうぞ。
http://osakakochizu.blogspot.jp/2016/10/blog-post_5.html

2016年11月28日月曜日

今週の今昔館(35) 20161128

〇今昔館のあまり知られていない展示(その25)
 近世のフロアのあまり知られていない展示の15回目は、こちらの写真です。


 唐高麗物屋の店構えです。本瓦ぶきの大屋根と通り庇を持った表構えは古風で、伝統と信用を重んじる老舗のイメージが伝わってきます。両隣やお向かいの店は、本瓦葺きではなく現代と同じ波型の桟瓦葺きとなっています。今昔館の再現された町家はそれぞれ建築時期が設定されています。唐高麗物屋だけは大火を免れて一時代前の建物が残っているということで、風格はあるものの痛みもひどく、庇が垂れ下がるのを防ぐためのつっかえ柱が通常柱を立ててはいけないところに立てられています。

 店構えの展示にあたっては、『摂津名所図会』の「疋田屋店頭図」に基づいて、できるだけ忠実に再現しています。床机には、中国製椅子、その上部には払子(ほっす)・如意棒・灯籠が釣り下がっています。棚にはイギリスやオランダ製のガラス杯・聯(れん)、床には清朝の染付けや赤絵の陶磁器壺、その中には孔雀の羽根も見えます。
 店の間の中央には平賀源内が製作したといわれるエレキテルが置かれていて実演の様子が描かれています。台座に座った人の髪の毛が静電気で立ち上がっています。



 今昔館では、展示解説のチラシを江戸時代の引き札風にデザインして作成していますが、唐高麗物屋の引き札には、『摂津名所図会』の「疋田屋店頭図」をご紹介しています。引き札と展示を見比べていただくと、忠実に再現されている様子がお分かりいただけると思います。英語版の引き札もありますよ。




〇今週のイベント・ワークショップ

11月28日、30日、12月1日~3日、5日、7日~10日
町家ツアー

住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」の9階「なにわ町家の歳時記」では、楽しいガイドツアーをおこなっております。当日ご来館の方は、自由に参加していただけます。
※団体でお越しの場合は、事前にお申し込みください。
開催日:平日・土曜日(※日曜日・祝日は下記のとおり、町家衆による町家ツアーがあります。)
時 間:11:30、14:30

12月4日、11日
町家衆イベント 町家ツアー

江戸時代大坂の町並みについて町の特色や見どころをわかりやすく解説します。
時 間:13:10~14:00


12月4日(日)
町家衆イベント 町の解説

江戸時代の大坂では人々はどのように暮らしていたのか。
当時の史料(複製)とともに町会所で詳しく説明します。
開催日:第1・3日曜
時 間:13:00~16:00

イベント 町家寄席-落語“らくてん会”
江戸時代にタイムスリップ!大坂の町家で、落語をきいてみませんか
14時~15時30分頃
出演:らくてん会

12月10日(土)
イベント 町家寄席-落語

江戸時代にタイムスリップ!大坂の町家で、落語をきいてみませんか
出演:林家竹丸 笑福亭呂好
14時~15時

町家衆イベント ワークショップ 『はたき作り』
①13時30分~ ②14時30分~
当日各回先着10名、1人300円
*当日10時より受付で参加整理券を販売します

12月11日(日)
町家衆イベント おじゃみ

古布を四角く切って縫い合わせて作るおじゃみ(お手玉)。
作り方をていねいにお教えします。
開催日:第2日曜
時 間:14:00~16:00


そのほかのイベント・ワークショップはこちらからご覧いただけます。
そのほか定期開催のイベントはこちらからご覧ください。

大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからどうぞ。

 「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。
「住まい・まちづくり・ネット」はこちらからどうぞ。≫http://www.sumai-machi-net.com/
初めての方はこちらからどうぞ。≫http://www.sumai-machi-net.com/howtouse



2016年11月23日水曜日

大阪市パノラマ地図検定解説編(3-9、3-10)

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から出題した、大阪市パノラマ地図検定の解説編です。今回は第3回の第9問と第10問を合わせて解説します。

(第3回 第9問)
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名、橋名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代天保年間には何があったでしょうか?
D 「なにはばし」が架かっている川は堂島川ともう1つの川の名前は?

  配点は、A、Dは各2点、B、Cは各3点とします。

解答と解説
A 大阪ホテル
B 東洋陶磁美術館
C 大川(旧淀川)の河川内
D 土佐堀川

 江戸時代後期になっても中之島は現大阪市中央公会堂の少し東まででその上流は大川でした。

 ロイヤルホテル新館の開業を記念して出版された随筆集「大阪讃歌」の中に宮本又次先生が書かれた「大阪ホテル」があります。60人の執筆者のうち何人かはロイヤルホテルの前身である新大阪ホテルの想い出などを綴っておられますが、大阪ホテルについて詳しく書かれているのは、この一編だけでした。
 宮本先生によると、大阪におけるホテルらしいものの最初は明治21年開業の自由亭で、その前身は西区本田にあった欧風亭という川口居留地の外国人専門の欧食料亭で旅館も兼業していました。明治21年に市有地であった中之島公園の地にホテルとして新たに自由亭が建てられました。和洋両様の二棟を有し、日本館の方を「洗身亭」となづけた。鉾流橋の南詰め東手で、木村重成の碑の西、のち大阪銀行協会があったあたり、今は関市長の銅像の建っている所と思われるとあります。
 明治32年に株式会社大阪倶楽部が組織され、自由亭の西館洋式の部の業務を受け継いで、大阪倶楽部ホテルと称しました。ところが、このホテルは明治34年11月に出火し、全館を焼いてしまいました。 その跡地には、明治35年8月、木造で外壁はコンクリート塗り、客室30を有する純洋式の大阪ホテルが新築されました。明治36年開催の第5回内国勧業博覧会に間に合うよう小路を急いだそうです。火災を免れた隣の日本料亭(旧洗身亭)をも買収してそれを大阪ホテル東店としました。
 当時、日本の五大ホテルとして、東京の帝国ホテル、箱根宮の下の富士屋、京都の都ホテル、日光の金谷ホテルと並び称されたそうです。
 大正8年には名古屋ホテルを買収して支店とし、大正9年には今橋西詰めにあった浪速ホテルを合併して支店とし、大正10年には今橋ホテルと改称しました。
 しかし、大正13年11月、中之島のホテル本店より出火、再度全焼するの悲運に見舞われます。しかもこの敷地は公園地帯になっていたので再築の許可を受けることができず、今橋ホテルを本店にして、中之島から消え去る運命になりました。今橋ホテルを改称した大阪ホテルは昭和16年2月まで営業を続けました。

 大阪市パノラマ地図は、大正12年12月印刷、13年1月発行ですので、地図に描かれている大阪ホテルは、その年の11月に消失したことになります。

 その後、真に大阪を代表するにふさわしい大ホテルの計画が進められ、大阪財界の要望を結集して、ついに昭和10年に豪華なる新大阪ホテルが出現することになります。そして、戦後に大阪グランドホテル、大阪ロイヤルホテルなど中之島の地に超一流のホテルがあらわれますが、これはかつて明治大正期に中之島の地にあってきわめて異色ある役割をはたしていた旧大阪ホテルと直接の関係はないにしても、非連続の連続と考えらるべきもので、その先駆と考えてよいであろう。と宮本先生は書いておられます。


(第3回 第10問)
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名、橋名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代天保年間には何があったでしょうか?
D 豊國神社はその後どこに遷座されたでしょうか?

  配点は、A、Dは各2点、B、Cは各3点とします。

解答と解説
A 豊国神社
B 4代目大阪市庁舎第1期部分
C 唐津藩大坂蔵屋敷
D 大阪城内


 豊国神社は当初、中之島の最東端にあり、大阪市中央公会堂の建設の際にパノラマ地図の位置に移転、4代目市役所で大阪城内に再移転しました。

 豊国神社は、明治12年(1879年)11月 京都・豊国神社大阪別社として創建。当初は大阪府北区中之島字山崎の鼻(現在、大阪市中央公会堂がある地点)に鎮座しました。大正元年(1912年) 中之島内で移動、現在の大阪府立中之島図書館西側へ遷座されました。
 大正10年(1921年)、京都・豊国神社から独立して豊國神社に改称。京都・豊国神社が訓読み(とよくに)で、豊臣秀吉のみを主祭神とするのに対して、当社は音読み(ほうこく)で、豊臣秀頼、豊臣秀長も配祀しています。
 現在の鎮座地である大坂城二の丸は陸軍省の所管だったため、現在の大阪市北区中之島においての創建となりましたが、のちに城内(現・大阪城公園)へ遷座されました。
大阪市パノラマ地図をよく見ると、大阪ホテルの前の通りに鳥居が描かれています。
 江戸時代の中之島は、浪華名所獨案内を見ると、ナニハバシの手前までしかありません。先端部に「山サキ」とあります。この先端部に豊国神社が遷座していましたが、公会堂の建設の際に図書館の西側に移動しました。鳥居があるのはその名残かもしれません。

 大正3年の地図に、難波橋と大川橋の2つの橋が架かっていますが、大川橋が現在の難波橋です。以前の難波橋は現在よりひと筋西の難波橋筋にかかっていました。市電敷設の際にひと筋東の堺筋に移動しましたが、名前は難波橋を引き継ぎました。

浪華名所獨案内の中之島東部
天保新改攝州大阪全圖(天保8(1837)年発行)の中之島東部
大阪市内詳細図(大正3年発行)の中之島東部
大阪市街大地図(大正14年発行)の中之島東部
明治42年、昭和4年、昭和42年、最近の地形図の中之島東部(今昔マップ3より)

第1回大阪市パノラマ地図検定解説編はこちらからどうぞ。
http://osakakochizu.blogspot.jp/2016/09/blog-post_8.html

第2回大阪市パノラマ地図検定解説編はこちらからどうぞ。
http://osakakochizu.blogspot.jp/2016/10/blog-post_5.html

2016年11月21日月曜日

今週の今昔館(34) 20161121

〇今昔館のあまり知られていない展示(その24)
 近世のフロアのあまり知られていない展示の14回目は、こちらの写真です。

 合薬屋のウルユスの台所にある箱階段です。2階へ上がる階段の下に引き出しや戸棚があり、箪笥になっています。狭い町家の空間を可能な限り有効に利用した生活の知恵です。
 NHKの朝ドラ「ごちそうさん」の西門家にも、同じような箱階段が登場していました。こちらはスタジオに作られたセットですが、うまくできています。放送の前にNHKのスタッフの方が今昔館に調査に来られていました。全国向けには、箱階段よりも、階段箪笥のほうが通じやすいのでしょうか?ドラマガイドでは階段箪笥として紹介されています。

西門家間取り図(1階) NHKドラマガイド「ごちそうさん」より
 合薬屋の通り庭(土間)です。水屋、四つ口のへっつい(かまど)、走り、水壷が一列に横並びで配置されています。竃は親しみを込めて「へっついさん」と呼ばれます。竃の口に据えられた鍋と釜は、右側から一斗、七升、五升、茶釜の大きさで、多人数の支度には一斗釜が使われました。大坂の竃には口蓋があり、せいろに隠れていますが、うしろにはお歯黒壷の穴があります。
 高窓の板戸は、滑車を利用して下から紐で引っ張ると開閉できるようになっています。

ウルユス(合薬屋)の通り庭
ウルユスの四つ口かまど

ウルユスの煙り出しと高窓

 町家の井戸は通り庭(土間)に設けられることが多く、炊事や洗濯、風呂水に使用されました。


ウルユスの井戸

  大坂の井戸水には鉄気(かなけ)が多く、飲用には適さなかったため、飲み水は大川(淀川)の水が利用されていました。水売りという商売が成立していて。玄関の軒先に「水入用」の札を下げておくと、水売りが立ち寄ってくれたそうです。
 水売りから買い求めた水は、走りの脇にある水壷にため、ひしゃくで汲んで大切に使っていました。

ウルユスの走りと水壷

 今昔館の合薬屋の台所には、鼠とヤモリが潜んでいます。今度来られた際には、是非探してみてください。台所の板の間には、神棚もあります。その年の恵方に向けて棚をつってまつる恵方(えほう)棚もあります。台所は少し暗くなっていますが、じっくりと観察してみてください。



〇今週のイベント・ワークショップ

 ※今週は、21日(第3月曜日)、22日(火)、24日(木:祝日の翌日)が休館日になりますので、ご注意ください。

11月23日、25日、26日、28日、30日、12月1日~3日
町家ツアー

住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」の9階「なにわ町家の歳時記」では、楽しいガイドツアーをおこなっております。当日ご来館の方は、自由に参加していただけます。
※団体でお越しの場合は、事前にお申し込みください。
開催日:平日・土曜日(※日曜日・祝日は下記のとおり、町家衆による町家ツアーがあります。)
時 間:11:30、14:30

11月23日、27日、12月4日
町家衆イベント 町家ツアー

江戸時代大坂の町並みについて町の特色や見どころをわかりやすく解説します。
時 間:13:10~14:00


11月26日(土) 町家衆イベント ワークショップ『千代紙ろうそくを作ろう』
①13時30分 ②14時30分
当日先着各回10名、参加費200円
*当日10時より受付で参加整理券を販売します
講師:大阪くらしの今昔館 町家衆

11月27日(日) 町家衆イベント 絵本で楽しい時間
むかし話などの絵本を表情豊かに読み聞かせます。
じっくりとお聞きください。
開催日: 第4日曜
時 間:14:30~15:00

12月4日(日) 町家衆イベント 町の解説
江戸時代の大坂では人々はどのように暮らしていたのか。
当時の史料(複製)とともに町会所で詳しく説明します。
開催日:第1・3日曜
時 間:13:00~16:00

12月4日(日) イベント 町家寄席-落語“らくてん会”
江戸時代にタイムスリップ!大坂の町家で、落語をきいてみませんか
14時~15時30分頃
出演:らくてん会


そのほかのイベント・ワークショップはこちらからご覧いただけます。
そのほか定期開催のイベントはこちらからご覧ください。

大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからどうぞ。

 「住まい・まちづくり・ネット」では、大阪市立住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みやご意見ご感想なども、こちらから行える双方向のサイトとなっています。
「住まい・まちづくり・ネット」はこちらからどうぞ。≫http://www.sumai-machi-net.com/
初めての方はこちらからどうぞ。≫http://www.sumai-machi-net.com/howtouse



2016年11月19日土曜日

大阪ぶら歩き【第2回】大阪の水辺を愉しむ~よと川から大川へ~ミステリーツアーを開催しました!


 11月14日(月)に第2回となる「大阪ぶら歩き」を開催しました。今回は大阪の水辺を愉しむというテーマで、江戸時代の淀川を描いた「よと川の図」を見た後、アクアライナーに乗って大川を渡り、その周辺のまち歩きをするという盛りだくさんな一日でした。



 10時に大阪くらしの今昔館に集合し、今回の目玉である今昔館所蔵品「よと川の図」について、谷館長の解説を聞きながら見学しました。
谷館長による解説


 緊張感が漂う中、みなさん真剣な表情でご覧になっていました。

よと川の図

 午後からは、天満橋まで各自で移動し、八軒家浜の歴史を学び、アクアライナーに乗りました。

八軒家浜の灯篭

 陸上では味わうことができない大阪の水辺の魅力を感じることができました。

アクアライナーに乗って


 船内では、浪花百景で描かれている中之島界隈の図と現代の中之島を見比べたり、大阪城や造幣局などの大阪の名所を見ることができました。

陸上からは見られない大阪の景色


 下船後は、まち歩きです。天満橋を渡り、大川沿いにある将棊島粗朶水制跡や天満橋の扁額について解説がありました。
将棊島 粗朶水制跡
天満橋の扁額
 次に、津田家住宅、川崎東照宮跡の解説がありました。



津田家住宅

川崎東照宮跡

 大阪造幣局の敷地内にある与力役宅門や洗心洞跡を見せていただきました。
与力役宅門
 
洗心洞跡

外観のみですが、泉布観と桜ノ宮公会堂を見学し、最後に造幣博物館を見学しました。
泉布観と桜ノ宮公会堂
 
造幣博物館
 今回は27名の方にご参加いただきました。10時から16時までの長丁場でしたが、ほとんどのみなさんに最後までご参加いただきました。次回は2月か3月あたりに実施できればいいなぁ~と考えています!ぜひ、ご参加ください。

2016年11月16日水曜日

大阪市パノラマ地図検定解説編(3-7、3-8)

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から出題した、大阪市パノラマ地図検定の解説編です。今回は第3回の第7問と第8問を合わせて解説します。

(第3回 第7問)
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名、橋名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代天保年間には何があったでしょうか?
D 「わたなべばし」が架かっている川の名前は?

  配点は、A、Dは各2点、B、Cは各3点とします。

解答と解説
A 朝日新聞社
B 中之島フェスティバルタワー・ウエスト(工事中)
C 宇和島藩および大洲藩大坂蔵屋敷
D 堂島川

 宇和島藩蔵屋敷に祭祀の稲荷社は向かいの中之島フェスティバルタワー13Fに遷座(朝日稲荷大明神)されました。


(第3回 第8問)
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名、橋名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代天保年間には何があったでしょうか?
D 「さいこくばし」が架かっている川の名前は?

  配点は、A、Dは各2点、B、Cは各3点とします。

解答と解説
A 郵便本局(大阪中央郵便局)
B 中之島フェスティバルタワー
C 平戸藩大坂蔵屋敷
D 西横堀川



 江戸時代の中之島は、浪華名所獨案内に記されているように諸藩の蔵屋敷が多く立地していました。天保新改攝州大阪全圖を見ると、現在の四ツ橋筋を挟んで西側には宇和島藩および大洲藩、東側には平戸藩の蔵屋敷がありました。
浪華名所獨案内(天保年間)の肥後橋付近
天保新改攝州大阪全圖(天保8(1837)年発行)の肥後橋付近
 明治28年(1895)発行の大阪市明細地圖を見ると、西側に朝日新聞社、東側に郵便電信局が立地しています。大阪市パノラマ地図と同様です。
 大正14年(1925)発行の大阪市街大地図では、西側は朝日新聞社、東側は中央郵便局となっています。
大阪市街大地図(大正14年発行)の肥後橋付近
明治42年、昭和7年、昭和42年、最近の地形図の肥後橋付近(今昔マップ3より)
 朝日会館は昭和元年(1926)から昭和37年(1962)まで大阪の中之島に存在していた総合文化施設です。朝日新聞社を経営母体とする会館は、内部に展覧会場やホールをそなえ、映画上映、舞踊公演、演劇公演、音楽会、講演会に美術展、さらには雑誌出版など 多彩な文化事業を行っていました。川沿いにそびえる地下一階、地上六階の建物は、全体が黒色に覆われていたこともあり、ひときわ目を引くものだったといいます。朝日会館が会館する際におこなわれた談話の中で、当時の大阪市長である関一はこんなふうに述べています。
 「この壮麗で『文化の殿堂』として申分のない建築物は大阪市民の多年熱望していたものです。(中略)その建築様式も異彩を放ち海外に誇るに足るべきものでシヴィック・センターの同所を中心として都市計画の完成とともにその偉観に接することのできるのは私の最も欣幸とするところであります。」(『朝日會館史』より)
 この時期、関はみずからが掲げる「大大阪」理念のもとに大阪を近代都市へと変貌させようと目論んでいましたが、この談話はそのなかで文化施設としての朝日会館に期待がかけられていたことを示しています。実際に会館はさまざまな 文化領域において主導的な役割をはたし、「ここが大阪文化の中心」(『まぼろしの大阪」』より、坪内氏との対談のなかでの谷沢永一氏の発言)とまで評される存在となりました。(以上、朝日会館・会館芸術研究会さんのホームページより)

 大阪朝日ビルは、朝日新聞大阪本社社屋として、昭和6年(1931)に竣工しました。北東部分にはダイビル(初代、2009年解体)と同様に客船をイメージしたアールがつけられ、朝日新聞の題字ロゴが取り付けられていました。内部にはガラス張りの階段室、屋上には艦橋を連想させる航空標識塔が設けられています。DOCOMOMO JAPAN選定の日本におけるモダン・ムーブメントの建築にも選ばれました。
 朝日新聞ビル(あさひしんぶんビル)は昭和43年(1968)に竣工し、大阪朝日ビル(1931年竣工、10階建)の西側および南側に設置され、朝日新聞大阪本社の編集・発行部門のほか、関連会社、外部のテナントなどが入居していました。建物は地上13階、地下5階。建物は、大阪朝日ビルの西側と南側をL字型に覆うような形になっており、四ツ橋筋に面した南東側は同じく四ツ橋筋に面する大阪朝日ビルの北東側と同様に湾曲したデザインとなっていて、大阪朝日ビルとの一体感を持たせるようになっていました。また建物の西側は、阪神高速11号池田線が通っており、建物が橋脚の一部となっています。

 昭和33年(1958)には、大阪朝日ビルの東向かいの郵便本局のあった敷地に、フェスティバルホール、リサイタルホール、大阪グランドホテル、日刊スポーツ大阪本社等が入っている新朝日ビルディングがオープンしました。ビルディング建設前は昭和27年(1952)から31年(1956)までスケートリンク・アサヒアリーナがありました。屋上には昭和37年(1962)から平成6年(1994)まで公共ヘリポートである朝日ヘリポートが設置されていました。
 大阪グランドホテルの開業当時は東洋一のホテルとも呼ばれ、フェスティバルホールで演奏会を開いたカラヤンやバーンスタインなど多くの世界的な音楽家や文化人も利用しました。
しかし、新朝日ビルは老朽化を理由に平成21(2009)年度中に解体され、高さ200mの超高層ビル(中之島フェスティバルタワー)に建替えられることとなり、ホテルも平成20年(2008)3月31日に閉館することとなりました。
 平成24年(2012)11月に新しいフェスティバルホール(2013年4月開業)などを含んだ中之島フェスティバルタワー(東地区)が完成しました。
 平成26年(2014)、朝日新聞社は向かい側の旧朝日新聞ビル・大阪朝日ビル跡に建設される「中之島フェルティバルタワーウエスト」内に、ロイヤルホテル運営の新しいホテルを2017年に開業させることを発表しました。新ホテルは同タワーの33~40階に170室を設置、全室が面積50平方メートル以上の高級ホテルとなる予定です。


 フェスティバルホールのあった旧「新朝日ビル」の南壁面のレリーフ「牧神、音楽を楽しむの図」が、建替えに当たって再現されています。新レリーフ6体はすべて旧レリーフと同じ大きさで製作されましたが、建物の大きさは旧ビルと新ビルでは大きく異なっており、特に新レリーフを設置する壁面は旧ビルの壁面に比べて広いスペースが確保されています。また、旧レリーフの最高高さは20mでしたが、新レリーフは最高40mと高い位置にあります。そのため、旧レリーフの配置を基本としながら、ビル全体の形状も考慮した上、旧レリーフの配置よりも「太陽」を高く、「牧神(鳥)」を低く配置し、バランスをとっています。また、旧レリーフは建物に埋め込まれていましたが、新レリーフは壁面から10cm浮いて取り付けられていることにより影が出て、それが、レリーフのシルエットをより強調しています。
 レリーフの再現については、大塚オーミ陶業株式会社さんのホームページに詳しいレポートがあります。
http://www.ohmi.co.jp/report/index.php?topics2_category_pk=1464062648


第1回大阪市パノラマ地図検定解説編はこちらからどうぞ。
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第2回大阪市パノラマ地図検定解説編はこちらからどうぞ。
http://osakakochizu.blogspot.jp/2016/10/blog-post_5.html

2016年11月14日月曜日

今週の今昔館(33) 20161114

〇今昔館のあまり知られていない展示(その23)
 近世のフロアのあまり知られていない展示の13回目は、こちらの写真です。
 今昔館にお越しになったことのある方は見たことのある風景だと思いますが、注目していただきたいのは、棒の先にあるサインです。さて、それぞれ、何のお店を表わしているのでしょうか?何をデザインしたものでしょうか?(猫は今回は関係ありません。)

 江戸の町では商店の看板は路上に立てた柱に屋根付きの看板を取り付けた立て看板が一般的であったのに対して、大坂では道路が狭く往来の邪魔になるため立て看板を作ることはなく、店の軒下に通りと直行する方向に看板が吊られていました。通りを歩いていると自然とその店で商っている品物や店印、店名などが目に入ってきます。
 こうした吊り看板に対して、薬屋など大きな店ではさらに豪華な看板が用いられていました。屋根看板と言って、庇の上に屋根付きの墨漆仕上げに彫り文字の立派な看板が作られていました。今昔館の合薬屋「ウルユス」の看板については、今週の今昔館(25)でご紹介しました。
http://sumai-osaka.blogspot.jp/2016/09/blog-post_19.html

 このほかにも、特色のある看板がありました。「浪華買物獨案内」に掲載された阿波座戸屋町の畑屋次兵衛店には、棒の先に月星の印がついた図が描かれ、「屋根より此目印出し有之」と書かれています。今昔館の建具屋の看板はこれを再現したものです。襖の引手をデザインしたものと言われています。
 「大坂商工銘家集」や「二千年袖鑑」に紹介されている小間物屋には、軒先にドーナツ型の看板が描かれ、髪を結び束ねる紐の元結(もとゆい)をかたどったものと考えられます。小間物屋に共通した看板だったのです。今昔館の小間物屋の軒先にある、白い浮き輪のような形の看板はこれを再現したものです。

 このように看板はその店の顔として重視され、道行く人々の人目を引くよう、さまざまな工夫が凝らされていました。



〇今週のイベント・ワークショップ

11月14日、16日~19日、25日、26日
町家ツアー

住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」の9階「なにわ町家の歳時記」では、楽しいガイドツアーをおこなっております。当日ご来館の方は、自由に参加していただけます。
※団体でお越しの場合は、事前にお申し込みください。
開催日:平日・土曜日(※日曜日・祝日は下記のとおり、町家衆による町家ツアーがあります。)
時 間:11:30、14:30

11月20日、23日、27日
町家衆イベント 町家ツアー

江戸時代大坂の町並みについて町の特色や見どころをわかりやすく解説します。
時 間:13:10~14:00


11月19日(土)、20日(日)
関西文化の日(11/19・20)は今昔館の入館料(常設展)が無料です!

町家衆イベント 楽市町家
13時~16時

ぜんざい
11時~
100円/杯(なくなり次第終了)

11月20日(日) 町家衆イベント 連鶴(有料)
折鶴がいくつもつながった連鶴。
一枚の紙から折るところに特色があります。
作り方を詳しくお教えします。
開催日:奇数月の第3日曜
時 間:14:00~15:30

11月26日(土) 町家衆イベント ワークショップ『千代紙ろうそくを作ろう』
①13時30分 ②14時30分
当日先着各回10名、参加費200円
*当日10時より受付で参加整理券を販売します
講師:大阪くらしの今昔館 町家衆

11月27日(日) 町家衆イベント 絵本で楽しい時間
むかし話などの絵本を表情豊かに読み聞かせます。
じっくりとお聞きください。
開催日: 第4日曜
時 間:14:30~15:00


そのほかのイベント・ワークショップはこちらからご覧いただけます。
そのほか定期開催のイベントはこちらからご覧ください。

大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからどうぞ。

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