2016年4月30日土曜日

「大阪ぶらあるき」はじめました!

「大阪ぶらあるき」ってな~に?

 江戸時代に刊行された「浪華名所独案内」と大正末年発行の「大阪パノラマ地図」を手掛かりに、当時の絵画資料を駆使して大阪の町に歴史の痕跡を発見するまち歩きです。



 第1弾となる今回は、NHK朝ドラの風俗考証を担当した大阪くらしの今昔館の谷館長が、ドラマの主人公・あさと新次郎ゆかりの、北船場の町と建物を案内します! 

 午後からは、大阪くらしの今昔館にある実物大の町家の2階や所蔵資料を特別公開して、ドラマの背景や時代考証についてお話しします。普段は非公開の場所にも入れますよ~♪

 ぜひこの機会にご参加ください!先着順ですので、ご興味のある方は、お早めにお申し込み下さい。

 イベントの詳細については、こちらから≫
https://www.sumai-machi-net.com/event/portal/event/32401
【お申し込みの受付を終了いたしました。次回をお楽しみに。】

2016年4月26日火曜日

今週の今昔館(4) 開館15周年特別号 20160426

 大阪くらしの今昔館 館長の谷直樹です。
大阪くらしの今昔館 館長 谷直樹


 大阪くらしの今昔館は、4月26日に開館15周年を迎えました。

 大阪市立住まいのミュージアム(愛称:大阪くらしの今昔館)は、「住まいの歴史と文化」をテーマにした、日本で初めての専門ミュージアムで、平成13年(2001年)4月26日に開館しました。この間、今昔館では、町の風景や暮らしの変化をさまざまな切り口で展示してきました。ここでは15年間の成果を振り返ってみたいと思います。

 常設展示は、江戸時代の大坂の町並みを実物大で再現した「なにわ町家の歳時記」、大阪の近代を精密なジオラマ模型と実物資料で展示した「モダン大阪パノラマ遊覧」から成り立っています。江戸時代の町並みでは、朝・昼・晩の一日を音と照明で演出し、季節ごとにしつらいを変えるため、博物館の専 門家から“劇場型展示”と評価されました。このような博物館の展示設計は、15年前には画期的なものでした。今昔館の展示がいまだに陳腐化しないのは、 開館時の企画・設計と丁寧な施工によることは言うまでもありません。


 一般に、博物館は開館後10年を経過すると、常設展示のパネルや機器の老朽化が進みますが、今昔館では、きめ細かい修復を実施し、開館8年後の平成 21年にはリニューアル工事を行い、演出にCGを導入して魅力度をアップしました。こうしたメンテナンスも展示を時代遅れにさせない秘訣です。


 企画展も110回の展覧会を開催しました。
 「世界遺産をつくった大工棟梁ー中井大和守の仕事」、「マスダさんちの昭和 レトロ家電」など、今昔館ならではのユニークな展覧会を企画しました。このよ うな展覧会が開催できた背景には、館蔵資料や寄託資料の充実があります。寄託資料の中には平成23年に国の重要文化財に指定された「大工頭中井家関係資料」(5,195点)や「お迎え船人形」(大阪府有形民俗文化財)、船形山車「天神丸」(大阪市指定文化財)など貴重な文化財が含まれています。


 この間、他団体との連携も進みました。摂南大学、関西大学、住総研、ギャラリーエークワッド、大阪ガス・エネルギー・文化研究所などと連携し、企画展では「淀川舟游」、「浪花の大ひな祭り」、「再現!道頓堀の芝居小屋」、「明治・大正お屋敷ドローイング」、「東洋+西洋=伊東忠太」などを開催しました。


 今昔館では、見せるだけでなく、来館者が参加できる展示をめざしています。実物大に再現した町並みでは年中行事、落語会、上方舞、お茶会などを開催し、町の風情や賑わいの様子が追体験できます。その中心を担っているのが、 ミュージアムボランティア「町家衆」です。町家衆は、町の案内、餅つきや書初め、お彼岸の見世物、おじゃみ(お手玉)や折紙、昔語りや大道芸など、多彩な企画を展開しています。


 このように、今昔館の15年間の活動は、大阪から全国に情報発信を行ってきました。予算の関係で、派手な宣伝や大きな展覧会はできませんが、口コミで地道に影響力を広げてきました。


 ところで、最近、顕著になってきたのは、外国人来館者の増加です。今昔館が開館した2001年頃は、訪日外国人旅行者数は年間500万人でしたが、2013年に史上初めて1,000万人を突破し、2015年は2,000万人近くになりました。今昔館でも2013年頃から外国人来館者が増えています。そのきっかけは町家衆が始めた「着物」の着付けで、インターネットを通じて海外に広がりました。現在では年間10万人が着付けを体験していますが、そのほとんどは外国人観光客です。開館初年度の外国人が2,000人程度であったのに比べると、隔世の感があります。


 外国の方が多く来館されると、その対応も大変です。展示解説や案内は、開館時に英語・中国語・韓国語のパンフレットや音声案内(有料)を用意しましたが、これだけ多くの来館者は想定していませんでした。文化や習慣の違いから、土間のように土足で良いところと座敷のように靴を脱ぐところの区別がつかないとか、立入禁止を示す竹の結界(けっかい)の意味が伝わらないなどのトラブルが相次ぎました。


 そこで現在、今昔館では、館内の多言語化に力を入れています。「なにわ町家の歳時記」の展示室では、風呂屋シアターの映像に日本語、英語、中国語、韓国語の4か国語の字幕を入れて、外国の方にも内容が理解できるようにしました。もちろん、日本人にも内容がよく理解できると好評です。一方、近代の「モダン大阪パノラマ遊覧」の展示室では無料Wi-Fiを整備し、展示コーナー10か所にQRコードを導入して、これも日・英・中・韓の4か国語でより深い展示解説が楽しめるようにしました。


 今昔館では、今年1月に300万人目の来館者を迎えました。入館者数だけを博物館の評価基準にするつもりはありませんが、今昔館は国内外の来館者を迎え、大阪の文化を発信していることは確かです。これからも常に新しい企画に挑戦し、魅力的な情報を発信しつづけることが大切だと考えています。



大阪くらしの今昔館 町並み俯瞰



〇企画展示「今昔館の宝箱 町家を彩る襖と屏風」開催中
 会期:平成28年4月16日(土)~5月15日(日)
 会期中の休館日:平成28年4月18日(月=第3月曜)・19日(火)・26日(火)、
             5月6日(金=祝日の翌日)・10日(火)

 企画展示について詳しくはこちらからどうぞ。

(今週のイベント)
〇ヘルマンハープコンサート
 4月30日(土)14:00~15:00
 バリアフリー楽器ヘルマンハープと共に
 出演:シュトラーセ

〇町の解説
 5月1日(日)13:00~16:00

〇町家寄席-落語
 5月3日(火・祝)14:00~15:00

 5月4日(水・祝)14:00~15:00

(今週のワークショップ)
〇からくり玩具’かわり屏風’を作ろう
 5月3日(火・祝) ①13:00~ ②14:30~ 
 当日先着各回10名、参加費:400円

〇兜作り
 5月5日(木・祝) ①13:30~ ②14:30~ 
 当日先着各回10名、参加費:100円
  ※中学生以下対象

〇おじゃみ
 5月8日(日) 14:00~16:00 
 当日先着15名、参加費:100円


(翌週のイベント)
〇お茶会
 5月15日(日)13:00~15:00
 当日先着50名 茶菓代:300円
 協力:大阪市役所茶道部 

〇今昔語り
 5月15日(日)14:30~15:00

〇絵本で楽しい時間
 5月22日(日)14:30~15:00


(翌週のワークショップ)
〇押し花でしおりを作ろう
 5月14日(土) ①13:30~ ②14:30~
 当日先着各回10名、参加費:200円
〇鶴のつなぎ折り
 5月15日(日) 14:00~15:30
 参加費:100円、数に限りがあります

大阪くらしの今昔館について詳しくはこちらをどうぞ。
これからも今昔館をどうぞよろしくお願いいたします。

住まい・まちづくり・ネットでは、大阪市立住まい情報センターで開催している住まいや暮らしに役立つ様々なイベント情報を発信しています。単身、子育て世帯、高齢者など、みんなで学べるイベントが盛り沢山です。トップページはこちらをどうぞ。

前回はこちらからどうぞ。≫ http://sumai-osaka.blogspot.jp/2016/04/blog-post_15.html
次回はこちらからどうぞ。≫ http://sumai-osaka.blogspot.jp/2016/05/blog-post.html

2016年4月23日土曜日

第2回大阪市パノラマ地図検定(第10問) 20160423

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から合計10問の問題を出題します。
後日、解答例と解説を投稿しますので、自己採点をしていただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます。

第10問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名、橋名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代天保年間には何があったでしょうか?
D この地図の右下の水面は何でしょうか?


配点は、A、Dは各2点、B、Cは各3点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。
     (「お問い合わせ内容*」の欄にA~Dの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
多くの皆さんの回答をお待ちしています。

江戸時代天保年間の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内をご参照ください。
地図は、こちずぶらりさんからお借りしました。

第1問から見る方はこちらからどうぞ。
第3回検定はこちらからどうぞ。

気が向いたら、第1回検定もどうぞ。

住まいまちづくりネットでは、住まい情報センター主催のセミナーやイベントの紹介、専門家団体やNPOの方々と共催しているタイアップイベントの紹介などを行っています。イベント参加の申し込みや、ご意見ご感想などの投稿も、こちらから行える双方向のサイトとなっています。是非トップページのほうも御覧ください。

2016年4月22日金曜日

第2回大阪市パノラマ地図検定(第9問) 20160422

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から合計10問の問題を出題します。
後日、解答例と解説を投稿しますので、自己採点をしていただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます。

第9問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名、橋名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代天保年間には何があったでしょうか?
D この地図の左上の水面は何でしょうか?


配点は、A、Dは各2点、B、Cは各3点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。
     (「お問い合わせ内容*」の欄にA~Dの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
多くの皆さんの回答をお待ちしています。

江戸時代天保年間の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内をご参照ください。
地図は、こちずぶらりさんからお借りしました。

続きはこちらからどうぞ。
第1問から見る方はこちらからどうぞ。

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2016年4月21日木曜日

第2回大阪市パノラマ地図検定(第8問) 20160421

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から合計10問の問題を出題します。
後日、解答例と解説を投稿しますので、自己採点をしていただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます。

第8問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名、橋名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代天保年間には何があったでしょうか?
D その後松坂屋はどこへ移転したでしょうか?


配点は、A、Dは各2点、B、Cは各3点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。
     (「お問い合わせ内容*」の欄にA~Dの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
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地図は、こちずぶらりさんからお借りしました。

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2016年4月20日水曜日

第2回大阪市パノラマ地図検定(第7問) 20160420

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から合計10問の問題を出題します。
後日、解答例と解説を投稿しますので、自己採点をしていただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます。

第7問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名、橋名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代天保年間には何があったでしょうか?
D 三越はここでいつまで営業していたでしょうか?


配点は、A、Dは各2点、B、Cは各3点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。
     (「お問い合わせ内容*」の欄にA~Dの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
多くの皆さんの回答をお待ちしています。

江戸時代天保年間の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内をご参照ください。
地図は、こちずぶらりさんからお借りしました。

続きはこちらからどうぞ。
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2016年4月19日火曜日

第2回大阪市パノラマ地図検定(第6問) 20160419

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から合計10問の問題を出題します。
後日、解答例と解説を投稿しますので、自己採点をしていただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます。

第6問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名、橋名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代天保年間には何があったでしょうか?
D 天守閣が再建されたのはいつでしょうか?


配点は、A、Dは各2点、B、Cは各3点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。
     (「お問い合わせ内容*」の欄にA~Dの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
多くの皆さんの回答をお待ちしています。

江戸時代天保年間の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内をご参照ください。
地図は、こちずぶらりさんからお借りしました。

続きはこちらからどうぞ。
第1問から見る方はこちらからどうぞ。

気が向いたら、第1回検定もどうぞ。

2016年4月18日月曜日

熊野街道ちょっと散歩 (第4回)

熊野街道ちょっと散歩、前回は、「あさが来た」ゆかりの地を訪ねながら東横堀川に沿って内本町まで歩きました。第4回は東区役所跡に建つ大阪産業創造館を出発し、久宝寺橋を経て空堀商店街を目指します。
地図は前回と同じ、昭和3年(1928年)発行の最新大大阪市街全圖を使います。大大阪の時代です。青い丸印をたどる道筋が熊野街道ですが、今回は緑の丸印をたどることにします。
昭和3年(1928年)発行の最新大大阪市街全圖でみる本町・上本町

本町橋の西詰北側には旧東区役所がありました。平成元年に東区と南区とが合区になり中央区になりました。中央区役所は中央大通り沿いに新築され、東区役所の跡地には大阪産業創造館が建っています。
東区役所跡に建つ大阪産業創造館

大阪産業創造館は大阪市の中小・ベンチャー企業支援拠点として平成13(2001)年1月に開業しました。「公益財団法人大阪市都市型産業振興センター」が運営しており、経営相談をはじめ、セミナーやビジネススクール、商談会、交流会など、多種多様なサービスで中小企業をサポートしています。またセミナー・研修・イベントに使える会議室等の施設も充実しています。
産業創造館の壁面

併設されている大阪企業家ミュージアムは、大阪を舞台に活躍した企業家の足跡や時代背景などを展示するミュージアムです。
企業家たちの夢や、苦労や、成功の大きな喜びなどを、明治以降3つの時代ブロックに分けて紹介します。社会・経済の発展、生活向上の原動力である企業家たちのチャレンジ精神と創造力の伝承を通じて、次代を担う人材育成を目指します。

また、企業家の生い立ちから活躍に至る事績を紹介する、「企業家デジタルアーカイブ」や、企業家の自伝、評伝、社史などの書籍が約2500冊。オリジナルの企業家インタビュービデオもあります。五代友厚氏の特別展示もありました。

大阪企業家ミュージアム

大阪産業創造館から箒屋町(ほうきやまち)筋を南へ進みます。正面に昭和45年に完成した都市計画道路である中央大通りの高架が見えています。幅員は最大80m、車線数は最大14。地下には地下鉄中央線、高架には阪神高速道路が通っています。
都心部では大規模な立ち退きが必要となるため完成が遅れました。船場では唐物町の南半分・北久太郎町の北半分、上町では農人橋詰町の一部・両替町の南半分・農人橋の北半分が道路用地となり、移転先として船場センタービルが建設されました。同時に「船場中央」の住居表示が実施されました。完成により東西の主要幹線は本町通から中央大通に移りました。
中央大通り、上部は阪神高速道路

中央大通を南へ渡ると、左手(東側)に中央区役所があります。平成元年の合区により新築された庁舎です。敷地は以前大阪市立東高等女学校、東高等学校があった場所で、記念碑が建っています。

中央区役所
東高等女学校・東高等学校跡の記念碑

さらに南へ進むと歩道にアーケードのある南久宝寺町に出ます。大阪では有数の問屋街の一つで、南久宝寺町一丁目から三丁目までの間にアーケードが設置されています。小間物問屋が集積した問屋街としての歴史を持ち、戦後は衣料品や服飾雑貨(カバン・袋物・傘・靴など)を扱う現金問屋街となりました。バブル崩壊頃より閉店する問屋が増え、かつての活気は失われつつありますが、いまなお大阪では有数の問屋街の一つです。
南久宝寺通(歩道にアーケードが付いている)
久宝寺橋

久宝寺橋について大阪市のホームページによると、橋名は伝説的な寺の名前に由来します。久宝寺は同盟の寺が船場の側にあったと言い伝えられていますが、その位置は定かではなく、『浪華百事談』にも「往昔此地に久宝寺といえる寺院有りし故に、其名ののこれるものとは碑に伝うれども、何れの地に有りしや、浪花の古図にも証すべきものを見ず」とあります。久宝寺の由来には他説があって、道頓堀川が開削されたとき、河内の久宝寺から多くの人夫が来て、この地に集落ができたためともいわれています。
久宝寺橋は豊臣時代から架けられていたらしいですが、近隣の町々で維持管理が行われていた町橋でした。江戸時代の規模は、橋長が二四間三尺一寸三分(49.2m)となっており、幅員は二間(3.9m)でした。このあたりは人家の密集地であり、しばしば大火に見舞われています。その際、橋の被災はまぬがれませんでした。江戸時代から明治の初めにかけては、橋の構造にはほとんど変化はなく、五径間の木橋でしたが、約6mと幅がかなり拡げられました。久宝寺橋が近代化されたのは、昭和14年で、橋長41.5m、幅員12.6mとなり、三径間のゲルバー式の鉄筋コンクリート桁が適用されました。
久宝寺橋の欄干
久宝寺橋の親柱
久宝寺橋の顕彰板

久宝寺橋を渡り、東へ進みます。熊野街道が通る御祓筋で右に曲がり南に向かいます。榎大明神と長堀通との間に約6mの大きな高低差があります。このあたりは、第2回で歩いたところです。
今回は、ここから御祓筋をさらに南に進むことにします。

榎大明神と石段

長堀通を渡り南へ進むと、このあたりは戦災を免れた地域ですので、古くからの町家や長屋が多く残っています。リノベーションでおしゃれなレストランになった町家もあります。後ろを振り返ると、榎大明神の槐(えんじゅ)の大木が遠くに見えています。
昭和23(1948)年8月、米軍撮影による空中写真の空堀付近
御祓筋の町家
角地に建つ町家
角地に建つ町家(改修されてレストランに)
北側を振り返ると榎大明神の槐(えんじゅ)が見える
修景された町家
御祓筋(北側をのぞむ)

前方に空堀商店街のアーケードが見えます。今回は商店街には寄らずに、アーケードを抜けてさらに直進することにします。
空堀商店街のアーケード
天保新改攝州大阪全圖 天保8(1837)年 

アーケードを抜けると道は右手に屈折しています。江戸時代の地図を見ても、同じ場所に曲がりがあったことがわかります(オレンジの丸印の箇所)。
突き当たりには、長屋再生で有名になった「惣」が見えています。
惣について詳しくはこちらをどうぞ。

御祓筋の屈折地点(突き当たりに惣)
再生された長屋・惣

惣の前を通り過ぎ、次の通りを東に向かいます。谷町筋の一つ西の筋に「にぎわい堂」があります。「にぎわい堂」は、築70年以上の木造の町屋(表長屋)を再生して平成15(2003)年11月に生まれた情報発信・交流スペースです。公式ホームページはこちらです。Facebookはこちらです。残念なことに3月に閉鎖になり、近く解体されるそうです。

にぎわい堂
にぎわい堂の入口
にぎわい堂のトンネル路地
にぎわい堂の表札と顕彰板

にぎわい堂の前の筋を北へ進むと、また別のトンネル路地がありました。入ってみると、こじんまりした料理屋さんがありました。さらに進むと一瞬行き止まりかなと思いましたが、狭い階段で通りに出ることができるようになっていました。
トンネル路地
路地奥の料理屋さん
路地の突き当たりには階段
さらに階段
路地奥の階段通路

谷町筋に出て、空堀商店街に向かう途中に、市街地改造ビルがありました。このあたりは大阪万博の直前まで密集した市街地で、谷町筋が6丁目から9丁目の間だけが拡幅できないままでした。そこで、大阪駅前第1ビルから第4ビルの再開発と同様の「市街地改造法」の手法を使って、立ち退きとなる住宅、店舗等の受け皿となる市街地改造ビル4棟が確保されたことによって、地下鉄谷町線と谷町筋の開通が可能となりました。
昭和39(1964)年の空堀付近(谷町筋が未開通、中央大通も都心部分が未完成)
市街地改造ビル
市街地改造ビルの玄関
谷町筋の向かいにも市街地改造ビル

市街地改造ビルは1階から3階が店舗・事務所、4階以上が住宅となっています。3階と4階の間にM4階があって、両者の緩衝地帯になっています。

市街地改造ビルのエレベーター(M4のボタンがある)
市街地改造ビルのM4階フロア
昭和50(1975)年の空堀付近
昭和50(1975)年の空堀付近拡大(市街地改造ビル4棟、空堀商店街のアーケード)

空堀商店街と谷町筋の交差点です。映画プリンセストヨトミでも登場した「はいからほり」のアーケードがあります。商店街の両側に市街地改造ビルが建っています。
空堀商店街の両側に市街地改造ビル
はいからほりのアーケード入口
空堀商店街はいからほりのアーケード

谷町筋の東側は、別の商店街になっています。「空堀ど~り商店街」の名前と「空堀ろまん街道」の二つの名前が挙がっています。アーケードのデザインも、東西で異なっています。
空堀ど~り商店街
空堀ろまん街道アーケード

空堀ろまん街道のアーケードを抜けると、熊野街道の標識が建っています。大阪市教育委員会が推定する熊野街道は、安堂寺通りからここにつながるルートとなっています。街道がここで屈折しているため道に迷いやすい個所ということで、道路に案内板を埋め込むという配慮もされています。熊野街道は、ここから南へ向かい坂を下っていくことになります。
熊野街道の標識
熊野かいどう案内板が道路に埋め込まれている
熊野街道はこの坂を下る

空堀の地名の由来は、大坂城の南惣構え(外堀)がここにあったことと云われていますが、真田丸とも関わるお話ですので、詳しくは改めてご紹介することにします。
熊野街道のルートに合流できたところで、熊野街道ちょっと散歩第4回は、ここまでとします。

続きはこちらからどうぞ。≫ http://sumai-osaka.blogspot.jp/2016/05/blog-post_15.html
第1回からご覧になる方は、こちらからどうぞ。