2016年5月29日日曜日

今週の今昔館(9) 20160530

〇第1回「大阪ぶら歩き」が開催されました
 5月23日(月)に、「第1回大阪ぶら歩きーNHK朝ドラの舞台を歩く」が開催されました。
 朝10時に肥後橋の大同生命ビルに集合、大同生命の方にメモリアルホールの特別展示を案内していただきました。土佐堀川に沿って淀屋橋まで歩き、御堂筋を南へ。適塾で大阪くらしの今昔館谷館長の説明を受け、田辺三菱製薬ビルに向かいました。田辺三菱製薬史料館を史料館の方に案内していただいた後、「天五に平五、十兵衛横町の碑」、大阪会議開催の地「花外楼」、大阪取引所、五代友厚氏の銅像を廻り、北浜で一旦解散しました。
 午後からは、大阪くらしの今昔館に再集合し、普段は公開されていない町家の2階に上がり、谷館長と町家衆の講義をたっぷりとお聞きしました。最後に、今昔館所蔵の大阪市パノラマ地図(実物)を特別に公開していただきました。
 大阪くらしの今昔館と大阪市立住まい情報センターの共催で開催された丸1日のタフなイベントでした。22名の方にご参加いただきました。ご参加ありがとうございました。


大同生命ビルで説明を受ける参加者の皆さん

〇企画展「船場花嫁物語」が始まりました
 平成28年5月28日(土)~6月26日(日) 
 会期中の休館日:火曜日と第3月曜日、
         5月31日(火)、6月7日(火)、14日(火)、20日(月)、21日(火)


 江戸時代から経済の中心地として栄えた大阪では、船場の豪商を中心に武家の婚姻儀礼に倣った華やかな婚礼が執り行われていました。
 船場の商家では、嫁いだ娘が一生不自由しないよう着物や装身具、生活道具を調え、荷物目録を添えて婚家へと送り出しました。それは娘への財産分けという意味もあったようです。一方、花嫁を迎える婚家では専用の蔵をつくり、花嫁道具を収めたといいます。婚礼の儀式は、結納に始まり、花嫁道具の荷物送りの行列、これらを披露する荷飾り、そして祝言披露宴と続きます。このような婚礼の伝統は、昭和の戦前期まで受け継がれてきました。
 本企画展では、昭和14年、船場の商家・廣野家が調えた花嫁仕度の品々を公開します。これらは、着物、宝飾品、家具調度品類いずれをとっても、職人が技術の粋を尽くした工芸品であり、船場商人の底力と大阪の文化の豊かさを示すものです。幸いにも戦火を免れ、大切に保存されてきた花嫁道具の数々をこの機会に是非ご観覧ください。
色振袖裾模様

◆関連イベントとして「ギャラリートーク」を開催します。

〇「船場のお嫁入り支度」
6月5日(日)・6月19日(日) 14:00~
佐野恵美子氏 :本展展示花嫁道具所蔵者

1947年(昭和22年)生まれ。画廊シャノワール主催。
昭和14年に結婚されたお母様のお嫁入り道具を大切に保管され、これまでにも公開されてきました。
今回、お母様の思い出とともにお嫁入り道具についてお話いただきます。

〇「結納飾りと水引」
6月12日(日) 13:30~
渋谷善雄氏:渋谷利兵衛商店九代目当主

1949年(昭和24年)生まれ。
享保9年(1724)創業の婚礼品の老舗・渋谷利兵衛商店当主に伝統的な結納飾りや水引細工について、展示中の結納飾りを前に解説いただきます。

※当日開始時刻までに会場へお越しください。
 但し企画展の入館券が必要です。

※企画展について詳しくはこちらをご覧ください。


拡大表示はこちらから


〇今週のイベント・ワークショップ

6月4日(土)
町家寄席-落語

江戸時代にタイムスリップ!大坂の町で、落語をきいてみませんか
出演・演目:桂出丸「住吉駕籠」、桂あさ吉「はてなの茶碗」
14時~15時

6月1日~4日、6日、8日~11日
町家ツアー

住まいのミュージアム「大阪くらしの今昔館」の9階「なにわ町家の歳時記」では、楽しいガイドツアーをおこなっております。当日ご来館の方は、自由に参加していただけます。
※団体でお越しの場合は、事前にお申し込みください。
開催日:平日・土曜日
時 間:11:30、14:30


6月5日(日)
町家衆イベント 町家ツアー

江戸時代大坂の町並みについて町の特色や見どころをわかりやすく解説します。
時 間:13:10~14:00


6月5日(日)
紙しばい

昔ながらの紙しばいを町家衆が上演します。子どもから大人まで楽しんでいただけます。
開催日:日曜適時
時 間:適時

6月11日(土)
町家衆イベント ワークショップ 『版木はがき』

13時30分~15時
参加費:200円

6月12日(日)
町家衆イベント ワークショップ 『おじゃみ(有料)』

古布を四角く切って縫い合わせて作るおじゃみ(お手玉)。作り方をていねいにお教えします。
開催日:第2日曜
時 間:14:00~16:00

そのほかのイベント・ワークショップはこちらからご覧いただけます。
そのほか定期開催のイベントはこちらからご覧ください。

大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからどうぞ。

住まい・まちづくり・ネットでは、大阪市立住まい情報センターで開催している住まいや暮らしに役立つ様々なイベント情報を発信しています。単身、子育て世帯、高齢者など、みんなで学べるイベントが盛り沢山です。トップページはこちらからどうぞ。

前回はこちらからどうぞ。≫ http://sumai-osaka.blogspot.jp/2016/05/blog-post_28.html
次回はこちらからどうぞ。≫ http://sumai-osaka.blogspot.jp/2016/06/blog-post_6.html

2016年5月27日金曜日

第4回大阪市パノラマ地図検定(第10問) 20160527

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から10問の問題を出題します。

第10問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代の天保年間には何があったでしょうか?
D 「しもやまとばし」が架かっている川の名前は? 
E 市電「磐舟橋」停留所がある道路の名前は?

※江戸時代の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内を活用してください。


後日、解答例と解説を投稿します。自己採点していただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます。
配点は、A~Eそれぞれ2点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。(「お問い合わせ内容*」の欄にA~Eの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
多くの皆さんの回答をお待ちしています。
このブログのコメントに回答をすることはご遠慮ください。

地図は「こちずぶらり」さんからお借りしました。
無料キャンペーンが延長されています。アンドロイド版も公開されました。

続きはこちらからどうぞ。

第1回検定はこちらからどうぞ。
第2回検定はこちらからどうぞ。
第3回検定はこちらからどうぞ。

第4回検定第1問はこちらからどうぞ。

2016年5月26日木曜日

第4回大阪市パノラマ地図検定(第9問) 20160526

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から10問の問題を出題します。

第9問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名、橋名、道路名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代の天保年間には何があったでしょうか?
D 明治時代後半には何があったでしょうか?
E 地図の右手に見えている川の名前は?

※江戸時代の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内を活用してください。
※大阪市パノラマ地図の全体は、こちらからご覧いただけます。

後日、解答例と解説を投稿します。自己採点していただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます。
配点は、A~Eそれぞれ2点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。(「お問い合わせ内容*」の欄にA~Eの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
多くの皆さんの回答をお待ちしています。
このブログのコメントに回答をすることはご遠慮ください。

地図は「こちずぶらり」さんからお借りしました。
無料キャンペーンが延長されています。アンドロイド版も公開されました。

続きはこちらからどうぞ。

第1回検定はこちらからどうぞ。
第2回検定はこちらからどうぞ。
第3回検定はこちらからどうぞ。

第4回検定第1問はこちらからどうぞ。

2016年5月25日水曜日

第4回大阪市パノラマ地図検定(第8問) 20160525

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から10問の問題を出題します。

第8問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代の天保年間には何があったでしょうか?
D 「すゑよしばし」「くのすけばし」が架かっている川の名前は?
E 「いたやばし」「やすわたばし」が架かっている川の名前は?

※江戸時代の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内を活用してください。


後日、解答例と解説を投稿します。自己採点していただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます。
配点は、A~Eそれぞれ2点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。(「お問い合わせ内容*」の欄にA~Eの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
多くの皆さんの回答をお待ちしています。
このブログのコメントに回答をすることはご遠慮ください。

地図は「こちずぶらり」さんからお借りしました。
無料キャンペーンが延長されています。アンドロイド版も公開されました。

続きはこちらからどうぞ。

第1回検定はこちらからどうぞ。
第2回検定はこちらからどうぞ。
第3回検定はこちらからどうぞ。

第4回検定第1問はこちらからどうぞ。

2016年5月24日火曜日

第4回大阪市パノラマ地図検定(第7問) 20160524

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から10問の問題を出題します。

第7問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名、橋名、道路名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代の天保年間には何があったでしょうか?
D 瓦斯会社と発電所の間を流れる川の名前は?
E 大きな「區」の字がありますが、この時代は何区でしたか?

※江戸時代の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内を活用してください。
※大阪市パノラマ地図の全体は、こちらからご覧いただけます。


後日、解答例と解説を投稿します。自己採点していただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます。
配点は、A~Eそれぞれ2点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。(「お問い合わせ内容*」の欄にA~Eの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
多くの皆さんの回答をお待ちしています。
このブログのコメントに回答をすることはご遠慮ください。

地図は「こちずぶらり」さんからお借りしました。
無料キャンペーンが延長されています。アンドロイド版も公開されました。

続きはこちらからどうぞ。

第1回検定はこちらからどうぞ。
第2回検定はこちらからどうぞ。
第3回検定はこちらからどうぞ。

第4回検定第1問はこちらからどうぞ。

2016年5月23日月曜日

今週の今昔館(8) 20160523

〇ボランティア養成講座が終了しました
 新たに30名の方が「ミュージアムボランティア町家衆」に参加されることになりました。

〇次回の企画展は「船場花嫁物語」
 平成28年5月28日(土)~6月26日(日) 
 会期中の休館日:火曜日と第3月曜日、
            5月31日(火)、6月7日(火)、14日(火)、20日(月)、21日(火)


 江戸時代から経済の中心地として栄えた大阪では、船場の豪商を中心に武家の婚姻儀礼に倣った華やかな婚礼が執り行われていました。
 船場の商家では、嫁いだ娘が一生不自由しないよう着物や装身具、生活道具を調え、荷物目録を添えて婚家へと送り出しました。それは娘への財産分けという意味もあったようです。一方、花嫁を迎える婚家では専用の蔵をつくり、花嫁道具を収めたといいます。婚礼の儀式は、結納に始まり、花嫁道具の荷物送りの行列、これらを披露する荷飾り、そして祝言披露宴と続きます。このような婚礼の伝統は、昭和の戦前期まで受け継がれてきました。
 本展では、昭和14年、船場の商家・廣野家が調えた花嫁仕度の品々を公開します。これらは、着物、宝飾品、家具調度品類いずれをとっても、職人が技術の粋を尽くした工芸品であり、船場商人の底力と大阪の文化の豊かさを示すものです。幸いにも戦火を免れ、大切に保存されてきた花嫁道具の数々をこの機会に是非ご観覧ください。

◆関連イベントとして「ギャラリートーク」を開催します。

〇「船場のお嫁入り支度」
6月5日(日)・6月19日(日) 14:00~
佐野恵美子氏 :本展展示花嫁道具所蔵者

1947年(昭和22年)生まれ。画廊シャノワール主催。
昭和14年に結婚されたお母様のお嫁入り道具を大切に保管され、これまでにも公開されてきました。
今回、お母様の思い出とともにお嫁入り道具についてお話いただきます。

〇「結納飾りと水引」
6月12日(日) 13:30~
渋谷善雄氏:渋谷利兵衛商店九代目当主

1949年(昭和24年)生まれ。
享保9年(1724)創業の婚礼品の老舗・渋谷利兵衛商店当主に伝統的な結納飾りや水引細工について、展示中の結納飾りを前に解説いただきます。

※当日開始時刻までに会場へお越しください。
 但し企画展の入館券が必要です。

※企画展について詳しくはこちらをご覧ください。



〇今週のイベント・ワークショップ

5月28日(土)
町家衆イベント

ワークショップ『千代紙ろうそくを作ろう』
①13時30分 ②14時30分
当日先着各回10名、参加費200円
※当日10時より受付で参加整理券を販売します
講師:大阪くらしの今昔館 町家衆

イベント・ワークショップはこちらからもご覧いただけます。

そのほか定期開催のイベントとして町家ツアーや町家衆イベントもあります。こちらからどうぞ。

大阪くらしの今昔館の展示内容や利用案内などについて詳しくはこちらからご覧ください。

住まい・まちづくり・ネットでは、大阪市立住まい情報センターで開催している住まいや暮らしに役立つ様々なイベント情報を発信しています。単身、子育て世帯、高齢者など、みんなで学べるイベントが盛り沢山です。トップページはこちらからどうぞ。

前回はこちらからどうぞ。≫ http://sumai-osaka.blogspot.jp/2016/05/blog-post_93.html
次回はこちらからどうぞ。≫ http://sumai-osaka.blogspot.jp/2016/05/blog-post_75.html

第4回大阪市パノラマ地図検定(第6問) 20160523

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から10問の問題を出題します。

第6問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代の天保年間には何があったでしょうか?
D 地図右側の川の名前は?
E 赤丸の左上の大きな文字「新」は何でしょうか?

※江戸時代の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内を活用してください。
※大阪市パノラマ地図の全体は、こちらからご覧いただけます。


後日、解答例と解説を投稿します。自己採点していただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます。
配点は、A~Eそれぞれ2点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。(「お問い合わせ内容*」の欄にA~Eの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
多くの皆さんの回答をお待ちしています。
このブログのコメントに回答をすることはご遠慮ください。

地図は「こちずぶらり」さんからお借りしました。
無料キャンペーンが延長されています。アンドロイド版も公開されました。

続きはこちらからどうぞ。

第1回検定はこちらからどうぞ。
第2回検定はこちらからどうぞ。
第3回検定はこちらからどうぞ。

第4回検定第1問はこちらからどうぞ。

2016年5月22日日曜日

第4回大阪市パノラマ地図検定(第5問) 20160522

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から10問の問題を出題します。

第5問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代の天保年間には何があったでしょうか?
D 「どうじま小ばし」が架かっている川の名前は? 
E 大きな「區」の字がありますが、当時ここは何区でしょうか?

※江戸時代の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内を活用してください。
※大阪市パノラマ地図の全体は、こちらからご覧いただけます。


後日、解答例と解説を投稿します。自己採点していただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます。
配点は、A~Eそれぞれ2点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。(「お問い合わせ内容*」の欄にA~Eの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
多くの皆さんの回答をお待ちしています。
このブログのコメントに回答をすることはご遠慮ください。

地図は「こちずぶらり」さんからお借りしました。
無料キャンペーンが延長されています。アンドロイド版も公開されました。

続きはこちらからどうぞ。

第1回検定はこちらからどうぞ。
第2回検定はこちらからどうぞ。
第3回検定はこちらからどうぞ。

第4回検定第1問はこちらからどうぞ。

2016年5月21日土曜日

第4回大阪市パノラマ地図検定(第4問) 20160521

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から10問の問題を出題します。

第4問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名など)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代の天保年間には何があったでしょうか?
D 横を流れている川の名前は?
E 川の対岸に神社がありますが、その名前は?

※江戸時代の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内を活用してください。
※大阪市パノラマ地図の全体は、こちらからご覧いただけます。


後日、解答例と解説を投稿します。自己採点していただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます。
配点は、A~Eそれぞれ2点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。(「お問い合わせ内容*」の欄にA~Eの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
多くの皆さんの回答をお待ちしています。
このブログのコメントに回答をすることはご遠慮ください。

地図は「こちずぶらり」さんからお借りしました。
無料キャンペーンが延長されています。アンドロイド版も公開されました。

続きはこちらからどうぞ。

第1回検定はこちらからどうぞ。
第2回検定はこちらからどうぞ。
第3回検定はこちらからどうぞ。

第4回検定第1問はこちらからどうぞ。

2016年5月20日金曜日

熊野街道ちょっと散歩(第7回) 20160520

熊野街道ちょっと散歩第7回は、第6回の番外編になります。前半では四天王寺南大門から南へ庚申街道を歩きます。後半では装いも新たになった天王寺公園「てんしば」から、慶沢園、新世界を巡ります。

今回の地図は、大正14年発行の大阪市街大地圖、大阪市の第2次市域拡張直後の地図です。赤い太線は区境で、天王寺区が大半を占めていますが、その南に住吉区、時計回りに西成区、浪速区、細長く飛び出している所は南区です。阿倍野区はまだ発足していません。
天王寺区の「区」の左に庚申堂と庚申池、茶臼山の南には河底池が描かれています。新世界の北半分は通天閣から放射状に出る道路によって区画割りがされています。新世界の北側には高津堀川が描かれています。今回はこの辺りを散歩します。
ブルーは前回歩いた熊野街道、オレンジは今回歩く庚申街道、地図左寄りのグリーンは紀州街道です。


大正14年発行の大阪市街大地圖にみる天王寺公園と新世界
四天王寺南大門の前から、庚申街道を南へ進みます。国道を渡るとすぐに、竹本義太夫墓所の石碑が門の脇にあるお寺があります。超願寺です。中に入ると墓地の一角にお堂があり、脇に初代竹本義太夫の墓の解説板があります。竹本義太夫(たけもとぎだゆう、慶安4年(1651年)~正徳4(1714)年9月10日)は、江戸時代の浄瑠璃語りで、義太夫節浄瑠璃の創始者です。

四天王寺南大門遠景
竹本義太夫墓所(超願寺)

竹本義太夫墓所

初代竹本義太夫の墓の解説
超願寺を出て庚申街道を南へ進みます。すぐに、庚申堂が見えてきます。庚申堂(こうしんどう)は、庶民信仰に支えられる名刹で、かつては四天王寺の境内の一部であったそうです。「庚申」は道教の影響を受けた信仰のひとつで、三尸(さんし)という虫に由来している。人間の体内には3匹の虫がいて、庚申(かのえのさる)の夜、眠っている人の体から虫が抜け出して、その人の罪や過ちのいちいちを天帝に告げるといわれています。
大宝元年(701)正月庚申の日に、毫範という僧侶の前に青面金剛童子が現れ庚申の法を伝授したと伝えられます。
えとの組み合わせで60日ごとにめぐってくる「庚(かのえ)」「申(さる)」の日にちなんだ信仰行事である庚申(こうしん)まいりの日には、境内にコンニャクの店が出て、庚申のコンニャクを北向きで食べると頭痛が治るとの言い伝えがあります。
境内には木彫りの“見ざる・聞かざる・言わざる”を祀る『三猿堂』があり、庚申日には開帳されているそうです。建物も三猿像もまだ新しいです。百度石の頭にも三猿がいました。



庚申堂の朱塗りの門

庚申堂(百度石の上にも猿)

三猿堂

三猿堂の内部

庚申堂の南向かいには、本清水(谷の清水)があります。現在も水が出ています。
本清水(谷の清水)

西の方にガラス張りの大きなマンションが見えるので寄り道してみました。マンションに囲まれるように料亭まつむらが残っていました。マンションの玄関前にはゆったりとした緑地があり、奥には料亭まつむらの土蔵も見えています。

料亭まつむらが新築マンションに囲まれている
新築マンションの屋外、奥に料亭まつむらの土蔵

庚申街道にもどり南へ進むと、JR天王寺駅に突き当たります。行き止まりかな?と思ったら右手に地下歩道があります。阪和線の下をくぐり、環状線と関西本線を跨線橋で跨ぐと、あびこ筋に出ます。

庚申街道が天王寺駅に突き当たる

右側に地下道があった

庚申街道はビルの間を抜けて、ここからさらに南へと進みます。西へ向かうと左手にあべのハルカスがそびえています。正面にはあべの歩道橋が見えています。

庚申街道はビルの合間を抜けて南へ

左はあべのハルカスの足元、正面にあべの歩道橋

JR天王寺駅を北へ抜けて、谷町筋を西へ渡ると天王寺公園に出ます。天王寺公園のエントランスエリアは、昨年2015年10月1日に「てんしば」の愛称でリニューアルオープンしました。
2015年度から20年間にわたるパークマネジメント事業で近鉄不動産株式会社が運営しています。新しく生まれ変わった天王寺公園の象徴となる芝生広場を略称的に表わし、誰もが簡単に口にし親しみやすいということをコンセプトにしているそうです。


天王寺公園「てんしば」

公園の一角には、第6代大阪市長池上四郎氏の銅像があります。この銅像は昭和10(1935)年、池上市長の功績をたたえ、大阪市民の手によって建立されました。太平洋戦争最中の昭和17(1942)年、金属供出により撤去されましたが、戦後の1959年6月に市政70周年を記念して再建されました。

池上四郎市長の銅像

てんしばを後にして、北へ向かうと慶沢園があります。元は住友家の茶臼山本邸庭園として大正7(1918)年に完成したもので、大正14(1925)年に住友家本邸が神戸に移転したことで、隣接する旧本邸敷地、茶臼山とともに大阪市に寄贈されました。現在は、大阪市立美術館とともに天王寺公園の中に組み込まれ一般公開されています。近くには、旧黒田藩蔵屋敷長屋門も残っています。南を眺めると公園の向こうに、あべのルシアス、大阪市立大学医学部、同附属病院などのビル群が見えています。

慶沢園入り口

慶沢園

慶沢園の案内板

旧黒田藩蔵屋敷長屋門

天王寺公園、奥に阿倍野のビル群

慶沢園から西へ進むと、大阪市立美術館の前です。旧住友本邸跡に昭和11(1936)年に開館したものです。正面から西を眺めると、上町台地の西側斜面を見下ろす展望です。右手に通天閣が見えています。
大阪市立天王寺美術館

天王寺美術館正面


美術館正面から西を見る、右手に通天閣

階段を下りてプロムナードを西へ進みます。通天閣がだんだん近づいてきます。高速道路の下をくぐると新世界です。
プロムナードを西へ進む

洋画の新世界国際

通天閣の足元近くまで来ました。展望台に上がるエレベーターも見えています。現在の通天閣は2代目で、昭和31(1956)年の建築です。昨年2015年6月に耐震改修工事が完了しました。初代通天閣のエントランスホールにあった中山太陽堂の天井画が復刻されています。
通天閣の足元には、安倍総理も訪れ、店のおやじに「総理にお願いがございまして・・・、ソースの二度漬けは禁止です。」と言われたことで有名になった「串かつだるま」があります。
通天閣、展望台へのエレベーター

耐震改修で再現された天井画

安倍総理も訪れた串かつだるま

北から見る通天閣
通天閣の下をくぐり、北へ抜けたところから振り返った通天閣です。熊野街道ちょっと散歩第7回番外編は、ここで終了とします。今回のコースと高低差は次のルートマップの通りです。上町台地の西斜面を降りるところがよくわかります。約12mの高低差です。

第4回大阪市パノラマ地図検定(第3問) 20160520

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から10問の問題を出題します。

第3問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代の天保年間には何があったでしょうか?
D この地図の赤丸印の建物の場所にはその後何が建てられましたか?
E その建物はいつまで建っていましたか?

※江戸時代の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内を活用してください。


後日、解答例と解説を投稿します。自己採点していただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます。
配点は、A~Eそれぞれ2点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。(「お問い合わせ内容*」の欄にA~Eの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
多くの皆さんの回答をお待ちしています。
このブログのコメントに回答をすることはご遠慮ください。

地図は「こちずぶらり」さんからお借りしました。
無料キャンペーンが延長されています。アンドロイド版も公開されました。

続きはこちらからどうぞ。

第1回検定はこちらからどうぞ。
第2回検定はこちらからどうぞ。
第3回検定はこちらからどうぞ。

第4回検定第1問はこちらからどうぞ。

2016年5月19日木曜日

第4回大阪市パノラマ地図検定(第2問) 20160519

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から10問の問題を出題します。

第2問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代の天保年間には何があったでしょうか?
D 地図の赤丸の建物の場所にはその後何が建てられたでしょうか?
E その建物はいつまで建っていたでしょうか? 

※江戸時代の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内を活用してください。


後日、解答例と解説を投稿します。自己採点していただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます。
配点は、A~Eそれぞれ2点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。(「お問い合わせ内容*」の欄にA~Eの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
多くの皆さんの回答をお待ちしています。
このブログのコメントに回答をすることはご遠慮ください。


地図は「こちずぶらり」さんからお借りしました。
無料キャンペーンが延長されています。アンドロイド版も公開されました。

続きはこちらからどうぞ。

第1回検定はこちらからどうぞ。
第2回検定はこちらからどうぞ。
第3回検定はこちらからどうぞ。
第4回検定第1問はこちらからどうぞ。

2016年5月18日水曜日

第4回大阪市パノラマ地図検定(第1問) 20160518

大正13年発行の「大阪市パノラマ地図」から10問の問題を出題します。

第1問
下の地図は大阪市パノラマ地図のある部分を拡大したものです。
A 地図の中心の赤丸印の場所には当時何があったでしょうか?(建物名)
B 現在はどうなっているでしょうか?
C 江戸時代の天保年間には何があったでしょうか?
D 昭和30年には何があったでしょうか?
E 昭和40年には何があったでしょうか?

※江戸時代の手がかりをつかむには、浪華名所獨案内を活用してください。


後日、解答例と解説を投稿します。自己採点していただき、
90点以上で1級、80点以上で2級、70点以上で3級が認定されます 。
配点は、A~Eそれぞれ2点とします。

早くに答えを知りたい方は、下記あてに解答をお送りいただきますと、コメントをつけて返信いたします。
回答は、こちらからどうぞ。(「お問い合わせ内容*」の欄にA~Eの解答を記入してください。)

さあ、レッツ、チャレンジ!!
多くの皆さんの回答をお待ちしています。
このブログのコメントに回答をすることはご遠慮ください。


地図は「こちずぶらり」さんからお借りしました。
無料キャンペーンが延長されています。アンドロイド版も公開されました。

続きはこちらからどうぞ。

第1回検定はこちらからどうぞ。
第2回検定はこちらからどうぞ。
第3回検定はこちらからどうぞ。

2016年5月17日火曜日

熊野街道ちょっと散歩(第6回) 20160517

熊野街道ちょっと散歩、今回は前回のゴール地点の楠通りから、北平野町、南平野町を抜けて四天王寺に向かいます。
今回の地図は、明暦3(1657)年発行の「新板大坂之図」および元禄4(1691)年発行の「新撰増補堂社仏閣絵入諸大名御屋敷新校正大坂大絵図」を使用します。北平野町・南平野町は、大坂城築城の際に大坂城と四天王寺、堺を結ぶ線上にある上町台地に、豊臣秀吉が平野郷から町人たちを呼び住まわせた地域ですが、その後船場の開発と寺町の整備に伴って、町人たちは船場に新しくできた平野町に再度移転したといわれています。古い地図でこのあたりがどのように描かれているかを見てみましょう。

明暦3年の新板大坂之図では、大坂城と四天王寺の間は大半が寺社と田畑になっていますが、青丸で示した南北平野町(熊野街道)沿いには「町」という表示があります。
明暦3(1657)年発行の「新板大坂之図
元禄4年の新校正大坂大絵図では、大坂城よりも大きく四天王寺が描かれており、その間には武家屋敷と寺社の名前が記されています。空白のところは田畑と思われますが、青丸で示した南北平野町(熊野街道)沿いには家の絵が描かれています。拡大した地図で見ると、四天王寺に近い南寄りには家が描かれてなく、農地に変化していっていることがわかります。どちらの地図も、北平野町・南平野町は他の地域とは違った表記となっています。
元禄4(1691)年発行の「新撰増補堂社仏閣絵入諸大名御屋敷新校正大坂大絵図
新撰増補堂社仏閣絵入諸大名御屋敷新校正大坂大絵図」(拡大)

南北平野町については、内田九州男先生の研究成果が「まちに住まう-大阪・都市住宅史」に掲載されています。ここでは南北平野町の町割復元図を引用させていただきます。大坂城と四天王寺の間に北から、北平野町1~8丁目、南平野町9~11丁目の町割が復元されています。
南北平野町の町割復元図

これから歩く南北平野町は、北と南で現状が大きく異なっています。その大きな理由として、戦災による被害状況の違いがあります。昭和23年に米軍によって撮影された航空写真で見てみましょう。黒っぽく屋根の写っている所は焼失を免れたところ、白っぽい部分は戦災によって焼失したところです。四天王寺の中心伽藍など南部分が焼失していることもわかります。
北平野町の航空写真(昭和23年、米軍撮影)
南平野町・四天王寺の航空写真(昭和23年、米軍撮影)

前置きが長くなりましたが、それでは、道路の真ん中に楠木大明神がある楠通りから歩き始めましょう。北平野町を南へと進みます。北平野町は北から順に1丁目、2丁目となっており8丁目までありました。1丁目付近は戦災を免れていますので、古い町家が残っています。正面遠方にあべのハルカスが見えています。
うだつのあがっている町家や袖壁のある町家、トンネル路地のある町家が見られます。ちょうちん屋さんがあるのも独特の雰囲気です。奥に見事な大木が覗いている路地もありました。

北平野町1丁目、南を望む、正面にあべのハルカス
北平野町の町家
トンネル路地もあります
ちょうちん屋さん(秋村泰平堂)
路地の奥に大木が覗いている

みごとな大木
しばらく進み後ろを振り返ると、正面にNHK大阪放送局が見えています。進行方向前方のあべのハルカスはだいぶん近づいてきました。
北平野町の西側には寺町があります。お寺やお墓にお供えの花を届ける花屋があり、井戸水をくみ上げているとのことでした。筋向いには浪華名所獨案内に妙法松が描かれている妙法寺がありました。残念ながら現在は松は残っていません。北平野町に戻り南に進みます。
後ろを振り返るとNHK大阪放送局
正面のあべのハルカスが近づいてきた
井戸のある花屋さん
妙法松のあった妙法寺
北平野町の民家
浪華名所獨案内の南北平野町・四天王寺付近

千日前通の1本北側の道を西に入ると、谷町筋のアンダーパスの上に梅ヶ辻橋が架かっています。梅ヶ辻は浪華名所獨案内にも描かれています。橋の下には川は流れていませんが、橋の名前として昔の地名が継承されています。
谷町筋を谷町九丁目交差点まで進みます。千日前通に面して防災建築街区のUR市街地住宅が建っています。昭和30年代後半に建てられた複合ビル(下駄ばき住宅)群です。

梅ヶ辻橋
梅ヶ辻橋
橋の下はアンダーパスの道路
防災建築街区(UR市街地住宅)
谷町筋を渡り北平野町を南へ進みます。左手に大阪市立生魂小学校があります。公立の小学校としてはユニークな建物です。
さらに進むと上汐町公園に出ます。公園の東側には国際交流センターがあります。かつて大阪外国語大学のあったところです。

大阪市立生魂小学校
上汐町公園、奥は国際交流センター
国際交流センター

さらに南へ進むと右側にクレオ大阪中央があります。このあたりは南平野町になりますが、戦災を受けた地域で古い建物はあまり残っていません。

クレオ大阪中央
南平野町に残る数少ない寺院

南へ進むと天王寺警察署の前で行き止まりになりますので、右に曲がり谷町筋に出ます。西側をみると正面に勝鬘院の多宝塔が見えています。谷町筋との交差点には地下鉄谷町線の四天王寺前夕陽丘駅があります。ここからは四天王寺の参道を進みます。少し進むと左手に小学校の門があります。大阪市立大江小学校です。
勝鬘院多宝塔
地下鉄四天王寺前夕陽ヶ丘駅前、四天王寺参道
駅前にある案内板
大阪市立大江小学校

さらに南へ進むと四天王寺乾門があります。門をくぐると墓地があり、正面に元三大師堂が見えています。本堂の前にはちえの輪くぐりが置かれていました。
四天王寺乾門
元三大師堂
ちえの輪くぐり

本堂の前を右に曲がり南に出たところに、安政地震津波碑があります。通路を挟んで向かいには地蔵堂があり、お堂の中には逢坂清水の井戸が移設されて残っています。
安政地震津波碑
安政地震津波碑解説
地蔵堂
地蔵堂内部
逢坂清水の井戸
逢坂清水と融通地蔵の解説
地蔵堂から東へ向かうと左手に大きなお堂があります。旧釣鐘堂で、釣鐘は戦時中に供出となり、現在は英霊堂となっています。
英霊堂(旧釣鐘堂)
英霊堂解説
さらに東へ進むと中心伽藍が近づいてきます。有名な亀の池を囲んで、北側に六時礼讃堂、南側には北引導鐘堂、太鼓楼が建っています。太鼓楼の向こうには中心伽藍が見えています。亀の池から中心伽藍の東側を南へ進むと、本坊への入り口となる門がありました。
亀の池と六時礼讃堂
亀の池と北引導鐘堂
亀の池と太鼓楼
四天王寺本坊
中心伽藍の東側を回廊に沿って南に向かいます。中心伽藍と太子殿の間に番匠堂があります。
番匠堂の由来については、四天王寺のHPによると、
「聖徳太子は、日本に仏教を広められると共に、わが国に朝鮮半島・百済国より番匠と称される数多の名工を招請され、高度な建築技術を導入されました。このご事蹟をお慕いし、大工・建築技術の向上、工事の無事安全を願う建築に携わる人たちの間で聖徳太子がお祀りされるようになりました。
「番匠堂」の周りに立っている「南無阿弥陀佛の幟」ですが、よく見ると名号(文字)の書体は、カナヅチ・ノコギリ・キリなどの大工道具で描かれています。平安~江戸時代に民衆の間で浄土信仰がブームでしたので、その時代に太子信仰と融合したものの名残ですね…。」
とあります。

番匠堂
南無阿弥陀仏石碑(大工道具)
番匠堂と幟(大工道具)
太子殿奥殿
さらに南へと向かいます。太子殿への入り口となる寅之門があります。振り返ると太子引導鐘堂があり、中心伽藍の中の五重塔は現在耐震化の工事中です。
寅之門
四天王寺境内地図
太子引導鐘堂と耐震化工事中の五重塔

さらに南へ進み南大門を抜けてお寺の外へ出ます。南大門、中門、五重塔、金堂、講堂が南北に一列に並ぶ四天王寺型の伽藍配置ですが、地上からでは南大門に隠れてしまいます。かろうじて五重塔の九輪が見えています。参考に国土地理院の航空写真で見てみましょう。

南大門

四天王寺の航空写真(国土地理院)

もう一度お寺に戻り、南大門をくぐって西へ向かいます。春の大古本祭が開催中でした。西大門をくぐりさらに西に向かいます。西門の石の鳥居を抜けて、お寺の外に出ました。四天王寺は西門から入るのが一般的ですが、今回は北から入って逆ルートを廻ったような感じです。中心伽藍の中は、五重塔が工事中ということもあってパスさせていただきました。石の鳥居の脇にはマイルドHOPEゾーンの説明板がありました。
西大門から中心伽藍を見る(大古本祭開催中)
四天王寺境内地図と解説
石鳥居(西門)
西門(石の鳥居)脇のマイルドHOPEゾーンの説明板
熊野街道に戻りさらに南へと向かいます。右手に有名な釣鐘饅頭屋さんがあります。釣鐘饅頭は供出されてしまった大きな釣鐘の完成を記念して作られたそうです。参道をしばらく南へ進むと、谷町筋と合流するところに熊野街道の案内石がありました。今回はルートどおり歩きましたので、これでいくつ目でしょうか?
釣鐘饅頭
谷町筋の熊野街道案内石
谷町筋の東側はかつての四天王寺参道で、現在も歩道にアーケードのある商店街となっています。土産物屋や飲食店のほかに、植木屋や野菜や花の種を売る店があるのが面白いと思います。実益を兼ねた土産物だったのかもしれません。
ようやくJR天王寺の駅前に到着です。正面には高さ300mのあべのハルカスがそびえています。交差点には、新設された屋根付きの歩道橋が架かっています。上から見るとアルファベットのスモールA(a)になっています。阿倍野の頭文字です。

天王寺駅前
あべのハルカス
阿倍野交差点付近の航空写真(国土地理院)
今回は、榎木大明神から熊野街道の推定ルートにそって歩き、ようやく天王寺までたどり着きました。第6回はここまでとします。

続きはこちらからどうぞ。≫ http://sumai-osaka.blogspot.jp/2016/05/blog-post_30.html